ワーグナー/「ジークフリート牧歌」は、
ワーグナーの楽曲の中では最も穏やかな曲調を持っています。
ワーグナーはフランツ・リストの娘、
若いコジマと再婚するのですが、
しかし、コジマは指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻でした。
ビューローから奪い取り様な形でワーグナーはコジマと再婚します。
ワーグナーの前妻との子供は全部女の子でしたが
コジマはようやく男の子を生みます。
ワーグナーはそのコジマへの感謝の気持ちを込めて、
「ジークフリート牧歌」を作曲、
コジマに捧げました。
今でこそ、
「ジークフリート牧歌」は、
規模の大きなオーケストラで演奏されることが多いですが、
最初...というか、私的な初演は室内楽を少し大きくしたような、
小編成のオーケストラで演奏されました。
のちに、楽劇「ジークフリート」第3幕で、
ブリュンヒルデの新たな目覚めの場面に使用されるメロディを中心に、
穏やかで愛情の籠った楽曲になっています。
「ジークフリート牧歌」は比較的短い楽曲ですので、
LPやCDでは「余白の埋め草」というような扱いで
収録されていることが結構ありました。
初めて聞いた「ジークフリート牧歌」が誰の指揮の演奏であったのか、
記憶の彼方になってしまいましたが、
クラシックを聞くようになった最初の頃から、
けっこうあれこれ聞いてきた記憶があります。
長じては、
店長の私淑するハンス・クナッパーツブッシュに、
セッション録音、ライヴ録音を含めて6種類の録音が残されていますから、
なおさらよく聞いてきたというところがあります。
クナッパーツブッシュの演奏録音はどれも素晴らしいですが、
今まで聞いた中で、最も楽曲の美しさを表現していたのは、
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏録音でした。
クレンペラー盤は初演当時の小編成オーケストラによるもので、
どちらかというと、地味な印象があるかもしれません。
小編成オーケストラによる「ジークフリート牧歌」は、
古くは他にゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィル盤、
ピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィル盤があります。
いずれも素晴らしい演奏録音ですが、
クレンペラー盤はその中でも群を抜いています。
「ジークフリート牧歌」を大編成のオーケストラで演奏した場合、
どうしても響きがシンフォニックになりがちで、
聴衆へのサービスか、
変に盛り上がってしまう残念な演奏録音がたくさんあります。
ところが、小編成オーケストラの演奏録音は、
シンフォニックになることはできませんので、
室内楽的で非常に親密な演奏が聞けます。
特にクレンペラー盤は即物的なはずなのにその表情が優しく、
その美しさには、驚きたまげるほどです。
さらに、クレンペラーの録音に特有の、
第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンの両翼配置が極めて効果的で、
聞いていて、柔らかな幸福感に浸れます。
「ジークフリート牧歌」は、
盛り上げようとすると逆効果の楽曲であることがよくわかります。
「ジークフリート牧歌」を、
誤解することなく真正に聞くことができる、
稀有な演奏録音であると思います。