ヴァレンティン・シルヴェストロフの作品では、
前に交響曲第5番を取り上げたことがありますが、
今回はピアノ曲集です。
これを聞いて、
バリバリの現代音楽だと思う人はまずいないでしょう。
「素朴な音楽」の最初から、
いきなりモーツァルトを聞いているようで、
うわー!保守的!と思うこと請け合いです。
ところが、モーツァルトみたいでも、
モーツァルト本人の作品のように、
各フレーズが解決したり、
ソナタ形式に発展することはありません。
ただ浮遊するようにモーツァルトもどきの音楽が聞こえてきます。
そして、モーツァルトだけではなく、
「どこかで聞いたことのあるピアノ曲」が、
素朴な形で、ノスタルジックな音楽を奏でます。
最初聞いて、誰かもどきであった作品が、
何回も聞くと、それがシルヴェストロフの記憶の中に沈殿していた音楽が、
何かの拍子にふわふわと浮き出てきたような感覚に囚われます。
どこかで聞いたピアノ曲は、
聞き手である自分の記憶の仲に沈殿していたものなのですが。
シルヴェストロフは、
元々、かなりぜ前衛的で難解な音楽を作っていました。
ストラスブール・パーカッションアンサンブルの現代音楽を収録したLPに、
シルヴェストロフの作品が含まれていたことを思い出しました。
どういう音楽であったのか、
すでに忘れてしまいましたが、
今のような分かりやすい音楽ではなかったように記憶しています。
その前衛的な姿勢の音楽性は、
ソ連作曲家同盟から除名されてしまったことからも伺えます。
シルヴェストロフの音楽が変化したのは、
奥さんが亡くなった後だと、いろいろな解説には書いてあります。
ニューエイジ・ミュージックの変化形、
という人もいるシルヴェストロフの音楽ですので、
おそらく多くの方は抵抗感なく、
その美しく懐かしい音の群れを聞くことができると思います。
シルヴェストロフのピアノ曲は、
作曲家本人の演奏によるものや日本の塚谷水無子さんの録音もあり、
店長は4種類ほど確認しています。
どれから聞いてもよさそうなものですが、
まず、エリザヴェータ・ブルーミナの録音。
録音も見事です。
ピアノのキーを最後まで押し込まない浮遊するような音から、
途中、恐ろしく深みのあるフォルテで奏でられる音まで、
シルヴェストロフのピアノ曲の魅力に浸ることができます。